2020年01月、川越に行ってきました。
川越城とは
埼玉県川越市にある川越城は江戸築城にも携わった太田道真、道灌親子によって、長禄元年(1457)に築城された平山城です。
川越城の大半は失われ、現存しているのは本丸御殿の玄関・広間と移築復元された家老詰所です。
富士見櫓跡
川越城本丸御殿から3~4分歩いたところに「富士見櫓」と呼ばれる川越城の櫓跡があります。
現在は高台のみ残っていますが、ここに櫓が建てられていました。
城や櫓は戦略上の観点から、その大部分が明らかにされることはなかったため、正確な規模や構造は不明です。
櫓跡右側の階段から高台へ上がることができます。
川越城には天守閣がなかったので、富士見櫓が川越城の見張りなどの足場として利用されていました。
この方向は江戸城の方向です。
富士見櫓という名前のとおり、当時はここから富士山もみえていたそうです。
石段の劣化などで立入禁止区域があるため(2020/01時点)見学時は注意が必要です。
川越城田曲輪門跡
堀、石垣、土塁で区切られた区画は曲輪(くるわ)とよばれ、富士見櫓の近くにはその曲輪の出入り口を仕切る田曲輪門がありました。
川越城 中ノ門堀跡
川越城本丸御殿から5分ほど歩いたところに川越城堀の跡が唯一残っています。
戦いに備え造られたもので、中ノ堀を含む3本の堀が交互に並び、直進できないように敵の行く手を阻んでいました。
名前の由来となった2階建ての櫓門「中ノ門」が建てられていました。
この門が開いているのは08:00~17:00です。
中ノ門堀の当初の規模は深さ7m、幅18mありました。
東側60°、西側30°の勾配の堀が壁のように切り立ち、敵の行く手を阻んでいました。
川越城 中ノ門堀跡(川越市HP)
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