2026年6月、世界遺産/国宝 富岡製糸場へ行ってきました。
富岡製糸場とは
1872(明治5)年に操業を開始した富岡製糸場は、日本初の本格的な官営器械製糸工場です。近代的な製糸技術の導入と人材育成の拠点として、日本の近代化と産業発展を支えました。
1987(昭和62)年に操業を終了した後もほとんどの建物は大切に保管され、2014(平成26)年には「富岡製糸場と絹産業遺産群」として世界文化遺産(世界文化遺産オンライン)に登録されました。
アクセス
場所柄、車で訪れる方が多い印象ですが、公共交通機関でもアクセスできます。
富岡製糸場の最寄り駅は上信電鉄の上州富岡駅です。新幹線も停車する高崎駅から電車で約40分、駅から富岡製糸場までは徒歩約10分。駅周辺ではレンタサイクルも利用できます。
ガイド
解説員によるガイドツアー(有料)やスマートフォンにダウンロードできる無料音声ガイドアプリ(多言語対応)による解説案内があります。

スマートフォンで利用できる無料の音声ガイドアプリは、容量が大きめのため、現地に到着してからではなく音声データも含めて事前にダウンロードしておくのがおすすめです。

音声ガイドアプリを利用するにはイヤホンを利用すると便利です。
ただ、私が利用した際はバックグラウンド再生に対応しておらず、アプリを表示したままでなければならなかった点は少し残念でした。
世界遺産/国宝 富岡製糸場
旧富岡製糸場の門前町として栄えた城町通りを歩いていくと、その先に富岡製糸場の正面入口が見えてきます。赤レンガの塀と昔ながらの赤い郵便ポストが印象的で、その奥には赤レンガ造りの建物の姿が見えています。
入口の左手にはチケット販売所があります。

富岡製糸場の敷地面積は55,391.42平方メートル。東京ドーム約1.2個分に相当する広大な敷地内には、明治時代に建てられた製糸工場の建物が今も数多く残されています。


今回は入場時にいただいたパンフレットに掲載されていたおすすめコースに沿って見学しました。その中から印象に残った見どころを紹介します。
東置繭所(国宝)
出入口の正面にある東置繭所は、全長約104メートルもある巨大な繭倉庫です。2階に乾燥させた繭を貯蔵し、1階は事務所・作業場として使っていました。
木で骨組みを作り壁面に煉瓦を用いる「木骨煉瓦造」の建物で、煉瓦を積むのに漆喰が使われています。

アーチ中央のキーストーン(要石)と呼ばれる楔形の石には、創業年である「明治五年」の文字が刻まれています。
現在は耐震保存整備工事を経て、ギャラリーやミュージアムショップとして利用されています。

乾燥場・煙突
繭を長期間保管するために必要な乾燥作業を行っていた繭乾燥場です。1922(大正11)年に建てられました。
現在は保存修理工事中のため内部を見学することはできませんが、施設内には高温で繭を乾燥させる大型乾燥機が6台保存されているそうです。
目を引く高い煙突は4代目のもの。創業当時は石炭を燃料として使用していたため、発生したススで生糸が汚れないよう、煙を高い位置へ逃がす目的で高い煙突が設けられたと考えられています。

桑畑
敷地内には小さな桑畑もあります。養蚕において桑は、蚕(カイコ)の唯一の食料となる重要な植物です。かつては養蚕農家が桑を栽培し、収穫した葉を蚕に与えていました。
現在では、桑の葉を加工した人工飼料「ペレット」が普及しており、季節に左右されることなく一年を通して蚕を飼育できるようになっています。

西置繭所(国宝)
西置繭所は、創業時に東置繭所と対をなす形で建てられた繭倉庫です。
一年間の操業を支えるためには膨大な量の繭を保管する必要があり、そのため全長100メートルを超える巨大な繭倉庫が東置繭所と西置繭所の2棟も建てられました。

建物が大きすぎて写真におさまりきれませんでした。

建物内は、建設当初のまま保存されている天井や壁が残されています。
1階には、耐震補強用の鉄骨を活用したガラスの空間が設けられ、当時の作業着や製糸に使われた工具、小物などを展示するギャラリー(撮影禁止)や多目的ホールが整備されています。

2階は、かつて繭の貯蔵庫として使われていた空間です。
1階とは異なり、壁や柱には塗装が施されておらず、天井も骨組みがそのまま見える造りとなっています。模型や装飾建具なども展示されており、建物の構造や当時の操業の様子を感じることができました。

繭袋が積み上げられていた当時の様子が再現されています。

繭の貯蔵庫が2階であることや、東置繭所と西置繭所の2棟が少し間隔を空けて建てられているのは、風通しを良くし、乾燥させた繭を良好な状態で保管するためだったと考えられています。

現在も歴史的建造物・文化財としての価値を守りながら、整備と活用が進められています。

社宅76
この建物は、大正時代中期頃に建てられたと考えられている社宅で、4戸が連なる長屋形式となっています。
現在は蚕(カイコ)の生態展示施設として活用されており、一年を通して本物の蚕(カイコ)を観察することができます。

蚕(カイコ)が人工飼料「ペレット」を食べていました。

女工館(重要文化財)
日本人工女に器械製糸の技術を教えるために雇われた4人のフランス人女性教師の宿舎として1873(明治6)年に建てられた建物です。女性教師たちの帰国後は改修され、食堂や会議室として利用されました。
現在は内部非公開ですが、建物にはコロニアル様式が採用されており、ベランダを備えた風通しの良い造りが特徴です。

繰糸所(国宝)
繰糸所は、繭から生糸を取り出す「繰糸」が行われていた富岡製糸場の中心施設です。
全長約140メートルを誇る巨大な工場で、創業当時はフランスから導入した300釜の金属製繰糸器が設置され、世界最大規模の器械製糸工場でした。

建物の屋根を支える三角形の骨組みは「トラス構造」と呼ばれ、西洋の建築技術が取り入れられています。
トラス構造を採用することで強度を確保しながら広い空間を実現できるため、建物の中央に柱を設けることなく、大規模な作業場をつくることが可能になりました。

両脇にずらりと並ぶ機械は、繭から生糸を取り出すための繰糸機です。
現在展示・保存されている繰糸機は、昭和40年代に設置されたものだそうです。

繰糸所の奥では、フランス式繰糸器(復元機)による実演がおこなわれており、繭から生糸を取り出す様子を見ることができます(撮影不可)。

繰糸所の外観で目を引くのが、屋根の上に設けられたもう一つの小さな屋根です。これは「越屋根(こしやね)」と呼ばれ、繰糸作業で発生する蒸気や熱を外へ逃がし、工場内の換気を行うための設備でした。
また、大きな窓が数多く設けられており、自然光を最大限に取り入れて工場内を明るくする工夫がされていました。

お富ちゃん
富岡製糸場で働いていた工女さんがモデルとなっている富岡市のイメージキャラクター「お富ちゃん」。
富岡製糸場創業140周年にあたる2012(平成24)年に誕生しました。

写真は富岡製糸場内のお富ちゃん。
街なかでもさまざまなポーズのお富ちゃんを見かけました。


富岡製糸場は想像以上に見応えがありました。
明治時代の工場がこれほど良い状態で残されていることに驚きました。

歴史や建築、産業遺産など見どころが多く、気付けばじっくり見学していました。
思った以上に広く、時間が足りないと感じるほど充実した見学になりました。
富岡製糸場(公式HP)
旧韮塚製糸場
富岡製糸場から城町通りを歩いて約1分の場所に旧韮塚製糸場があります。
1876(明治9)年に韮塚直次郎が創立した民間の器械製糸場です。

旧韮塚製糸場でも富岡製糸場のチケットを自動券売機で購入可能です。

富岡製糸場を模範として建てられた製糸場の中で、地下遺構を含めて現存する唯一の貴重な建造物とされています。発掘調査と保存整備を経て、2020(令和2)年に一般公開されました。

顔出しパネル

富岡製糸場ならではの記念撮影スポットです。
通り沿いには、女工をモチーフにした顔出しパネルが設置されていました。

少し離れたところには繭モチーフもありました。




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